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知的メガネを掛けて哲学を語ろう!#3【プラトン】

こんにちは。

メガネを掛けて哲学を語ろう、という事で始まったこのメガネ×哲学シリーズ。

さて、3回目の今回は古代ギリシャにおいて最も重要な哲学者であるプラトンの思想に踏み込んでいこうと思います。

ソクラテスの問答法

ソクラテスという人物をご存知でしょうか?
プラトンの師であり、対話を通して真理へと至るということを何よりも重視していた哲学者でした。
ある全く知識のない奴隷と対話をしていくことで、彼はピタゴラスの定理が彼の口から証明されるようにうまく誘導するのです。

ソクラテス

ソクラテス

アメリカのハーバード大学教授、マイケルサンデル氏が学生との対話を通し徐々にサンデル氏にひきこまれていくように議論が進んでいくのと同じように、プラトンも非常にうまく、知識のない人間、彼に反論する人間に自分の主張を自然に認めて行けるように誘導していったのです。

そこで彼は、どんな人間でも真理にたどり着くことができ、彼らが真理に到達できるように助ける自分自身を「産婆」としてたとえています。
そのようなソクラテスは自らの著作を残すことには興味がなく、もっぱらアテネの青年達と話すことにうちこんでいました。

ソクラテスは、同時代に活躍していた弁論家(ソフィストといって、お金をもらって弁護をしたり、知識を授けたりする職についていた人)達をさし、彼らは何もしっていないのにあたかも知っているかのふりをしている人達であると批判をし、彼らの反発を買うようになります。

例えば、ソクラテスはアテネで最も勇敢なものに、勇敢さとは何かととき段々と問い詰めて行くことで、勇敢である人が実は勇敢とは何かということをよくわかっていないという事実を指摘します。

ソクラテスとプラトン

こうして、権力者たちの反感を買っていったソクラテスはアテネの青年をたぶらかしたという罪で告訴され、死刑判決を受けることになってしまいました。

ソクラテスは自らの著作を全く残さなかったのですが、彼の弟子の一人、プラトンが彼の思想を書き残しました。
この時の弁論の様子、そしてソクラテスが死に行く最後の日の様子をプラトンは自著『ソクラテスの弁明』の中で表しています。

ソクラテスは、魂は不滅なのだから私が死んでも私の魂は生き続けると主張し、脱走する機会がありながらも自ら毒杯を仰いで死んでしまいました。

プラトン

こうしたソクラテスの考えに強く影響されながらプラトンは自らの著書を残して行きました。
彼の著書は従って、主人公ソクラテスとその反論者との間の対話をそのまま表現したものとなっております。
「魂の不死」について書かれている『パイドン』、「イデア」という思想が発展されていく『国家』等が主な著作であり、現代でもなおよめる面白い対話編です。

プラトン

イデアについて

プラトンの重要な思想のひとつに「イデア」という考えがあります。

ギリシャ語で「見る」を表す動詞、「イデイン」に由来し、「イデア」とは従って、「みられるもの」を意味します。
すなわち「イデア」とはものの姿とか形のことを指し示しているのです。

ところが、プラトンの考える「イデア」は具体的に私たちがみるようなものとは違います。
それは「もの自体」や「姿、形それ自体」などと言われます。

私たちは常に具体的なその椅子やその机をみています。
しかし私たちは椅子そのもの、机そのものをみることは決してできないのです。
何か椅子そのもの、机そのもの、そして「それ」によって私たちが見るものがそうであらしめるようなそのもの自体、これこそがプラトンの言う「イデア」の意味です。

プラトンは考えます、椅子のイデアや机のイデア、さらにはあらゆる他のもののイデアが存在する別の世界、すなわちイデア界があるはずだと。
私たちがこの世界でみているその椅子やその机はこうしたイデア界から椅子としての性質、机としての性質をあずかりもっているのである(=「分有する」)、と。

魂の不死について

プラトンは考えます、私の魂は私が生まれる前から存在していたし、私が死んだ後にもなお生き続けるのであると。
そしてその魂は私たちが生まれる前はイデア界に存在していたのです。
従って、私たちがうまれると魂は肉体という「牢獄」に縛り付けられると考えられます。

魂は自らがいたイデア界の記憶は肉体に宿る時に忘却してしまうのですが、その椅子やその机をみるとかつて住みかとしていたイデア界にあった椅子のイデア、机のイデアを思い出すのです。
このことから私たちの認識というものはすべて想起(「アナムネーシス」)だと言えるのです。
初めに述べた、知識のない奴隷がそれでもピタゴラスの定理という真理を導き出すことができたのも、学習や認識がそもそも想起だと言えるからです。

プラトンの功績

プラトンがこれまでの哲学者と、全く違う点が、世界を説明する原理がかつては火や水といった目に見えるものであったのに対し、イデアというもはや目に見えない、つまり感覚に依らないものになったという点です。

真理へといたろうとするときに私たちは感覚に依ることはできない、ということをプラトンは見抜いたからこそ、魂という肉体とは全く違うものやイデア界という私たちが感覚できる世界とは異質の世界を示したのです。

さて、次回はプラトンの弟子、アリストテレスの考えについて見て行こうと思います。