美しい色彩のプリントと抽象的なデザインのファッション。EMILIO PUCCI(エミリオプッチ)の歴史とは?


(PHOTO:EMILIO PUCCI(エミリオプッチ)公式サイト)

EMILIO PUCCI(エミリオプッチ)といえば、幾何学的で美しい色彩のプリントが特徴のイタリアのラグジュアリーブランド。その瑞々しいデザインは、今もなお世界中の女性達を魅了しています。今回は、そんなEMILIO PUCCI(エミリオプッチ)の歴史に迫ってみました。

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カラフルな色彩デザインと、女性達を自由にした服

1914年、イタリアのフィレンツェにて、格式のある貴族の家に生まれたエミリオ・プッチ。ミラノ大学卒業後、アメリカ・ジョージア州アセンズの大学で学び、1937年、オレゴン州ポートランドのリード・カレッジに在籍、社会学を専攻。

1939年、イタリア帰国後フィレンツェの大学で学び、1941年、政治学で博士号を取得。第二次大戦中にイタリア空軍でパイロットを務め、その後、政治家としてイタリア議会に10年間在籍するという、デザイナーとしては異色の経歴の持ち主です。

デザイナーとしてのエミリオ・プッチの歴史は、1947年、ハーパーズ・バザー誌に最初の作品である流線形のスキーウェアの発表からでした。高校時代、オリンピックのスキーチームの選手だったプッチは、自分でデザインしたスキーウェアを雑誌「ハーパース・バザー」に掲載し、注目を集めます。

当時女性のファッションは、重いパッドやコルセットなどで体を締め付けるものでしたが、そんな中エミリオが提案したのは、ストレッチ素材で動きやすくミニマルなデザイン。目を奪われるほどカラフルな色彩と自由な動きに、従来の考え方とは全く異なるビジョンを打ち出しました。

1950年代には、代表作とも言えるグラフィカルで抽象的なデザインと万華鏡のように美しい色彩のプリントが制作。アフリカ、バリ、ハワイなどのエキゾチックな場所や現代アートなどがプリントのインスピレーション源にした前例の無い過激で大胆な柄を発表したプッチは、ファッション関係者に「プリントの王子」と呼ばれるようになります。

さらに1960年代までには、当時としては非常に革新的な新素材(シルクジャージー、コットンジャージー、化学合成素材やハイテクストレッチ)を開発し、技術的にもファッションの先駆者となっていきました。

(PHOTO:EMILIO PUCCI(エミリオプッチ)公式サイト)

プッチ亡き後とプッチブランドの再燃

1990年初頭、プッチプリントがまた脚光を浴び、ブランドが再び注目されるように。1992年、プッチ亡き後は、彼の娘であるラウドミア・プッチが父の仕事を引き継ぎ、事業を発展。

その後、EMILIO PUCCI(エミリオプッチ)は、ジュリオ・エスパーダ、クリスチャン・ラクロワ、マシュー・ウィリアムソンといったクリエイティブディテクターによって舵を取られ、2008年10月からは、ノルウェーのデザイナーであるピーター・デュンダスがクリエイティブ・ディレクターに就任。アーカイブプリントから着想を得た新鮮なコレクションはブランドの新たな可能性を引き出しています。

マリリン・モンロー、ソフィア・ローレンといった多くの女優たちから愛されてきたEMILIO PUCCI(エミリオプッチ)。今なお世界中の女性がEMILIO PUCCI(エミリオプッチ)の魅力に惹きつけられています。

EMILIO PUCCI(エミリオプッチ)の歴史を駆け足で辿ってみましたが、いかがだったでしょうか?ドレスやシューズ、バッグだけではなく、アイウェアラインも展開しているEMILIO PUCCI(エミリオプッチ)。

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